生存権について幾つかの視点から考える

この記事は,生存権について個人的にまとめたことを書いたものです.
何年か前に大学のレポートかなにかでまとめたものなのでかなり読みにくいかもしれませんが,参考になるようでしたら幸いです.注意点として私個人の意見も多分に含まれていることをご了承下さい.文字数は2,000字以上あります.
誤字脱字を発見された方は連絡していただければ助かります.

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※画像はPixabayより.



 生存権とは,健康で文化的な最低限度の生活を営む権利のことである.憲法第25条1項で「すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」と記されている.憲法第25条2項では「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」と記されている.以上を纏めると,1項でこの生存権の保障が規定されていて,これに対応して2項では1項の趣旨を実現する為に国に生存権を具体化するよう努力する義務を課している.これを受けて国は法整備を図っている.ちなみに生存権は社会権,即ち社会的,経済的弱者が人間らしい生活を送れるように国家の積極的な介入を求めることができる権利のうちの一つである.生存権はドイツのワイマール憲法で「すべての人に人間たるに値する生活の保障」と謳われたのが始まりである.
 憲法第13条と22・29条には公共の福祉に関連した内容が記されている.公共の福祉の原理には形式的なものと実質的なものがあり,前者は各基本的人権の共存を維持する為に消極的に害悪を除去することを目的とする自由国家的公共の福祉をいい,後者は資本主義の発達が生み出した経済的,社会的弱者の基本的人権を保障し,生活水準の向上を積極的に図ることを目的とする社会国家的公共の福祉をいう.以上のように,公共の福祉には2つの側面があり,いずれの側面が妥当するかは各基本的人権の性質に応じて決まる.
 続いて憲法第14条の「平等」の2つの意味の相違,自由への国家の関わり方,国家による自由の制約の目的における相違及び自由権と積極的自由としての社会権との特徴の相違を説明について記す.まず憲法第14条に記されている「平等」には形式的平等と実質的平等といった2つの意味がある.形式的平等とは個人を法的に均等に取り扱ってその自由な活動を保障することを意味する.かつて19世紀後半の近代立憲主義の社会においてこの形式的平等が重視されていた.しかしその結果貧富の差が大きくなってしまった為,20世紀以降の現代立憲主義の社会においては社会的・経済的弱者に対してより厚く保護を与え,それによって他の国民と同等の自由と生存を保障していくことが要請されるようになった.これ(この,社会的・経済的弱者に対してより厚く保護を与えることで他の国民と同等の自由と生存を保障していくことを目的とするの)が実質的平等である.原則である形式的平等を補充するものとして実質的平等も重視されるようになったのだ.自由への国家の関わり方について,まず国家による自由には社会権が主に含まれる.社会権は,規制対象として捉える国家による束縛からの解放ではなく,むしろ国家に対し,特定の政策目標達成の為の施策を行うことを求める権利である.政府のサポートに基づいて得られる積極的自由として,自由権における消極的自由と対比して用いられることもある.社会権の一環としての国家のサポートによって,国民は自由権その他の意義における自由を行使・確立することが可能となる.このように国家は国民の自由へ関わっている.ちなみに国家による自由として挙げられる権利については,先程述べた生存権以外にも,教育を受ける権利(第26条),労働基本権(第28条)が主に挙げられる.このような自由権について国家は認めている.この自由権を制限する主な要素として前述した公共の福祉という概念がある.機能としては,簡単に述べると公共の福祉とは自由権と自由権がぶつかり合った場合の(どのように対処するかを判断しやすくする,即ち)判断の際に便宜をはかる為に存在する.自由権と積極的自由としての社会権の特徴には次のような相違がある.まず自由権の特徴は,国家が個人の領域に対して権力的に介入することを排除して,個人の自由な意思決定を保障する点である.これに対して積極的自由としての社会権の特徴は,社会的・経済的弱者が人間に値する生活を営むことが出来るように,国家の積極的な配慮を求めている点である.

 総じて,生存権の保障は正当である事がわかる.例えば生存権の存在意義等について考えてみると生存権の保障の正当性が分かる.生存権についてはおよそ80年前の大恐慌の大量失業下にイギリスで社会保険と公的扶助による救済制度がつくられ,そしてアメリカでもニューディール政策の一つに社会保障給付の拡大が実現した等,1930年代以降に色んな国で段々と生存権的な基本権の流れが広がっていったという歴史があった.これには当時,例えば日本においては第二次世界大戦前からの過酷な搾取と戦争動員で国民の生活苦の解決が切実に求められていた等といった歴史的背景が存在する.
 ここで現代の新自由主義について,新自由主義の問題点について論点を変える.まず新自由主義とは,端的に言えば福祉や公平の概念を徹底的に嫌い,個人主義を徹底した思想のことである.問題点として,この新自由主義が貧困や格差を惹起し,また結果的に「社会的排除」を引き起こしている実態が現代にも存在する点,また家族関係及びそこにおける生育歴に関連して児童虐待や少年非行,さらには異性関係上の問題をもたらしている現状が実在する点等があげられる.他にも問題点はまだあり,例えばこの新自由主義が教育や就労の機会と連関して次世代へと連鎖し相続される,所謂「貧困の連鎖」の実態,またこれが人生の意味に負の影響を与えている実態等が挙げられる.以上のような新自由主義の弊害に対して,リストの「最良の社会政策が最良の刑事政策」という言葉がしばしば使われている.これは端的に言えば,ずばり救貧を始めとした社会環境の改善こそが犯罪を抑止するのに最も有効であるということである.私はこの言葉に同感する.「別に犯罪を犯してもいいか」と思う人間が少しでも減っていくような社会状況を作り出すことこそが政府の役割なのだ.
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2017年12月1日(金)
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